はじめに

マン・シャリールの思い

自分が苦しい思いをしていると、つい、自分だけがどうしてこんな目に遭わなきゃ行けないんだ?と毒づきたくなる気持ちは、よくわかります。でも、人生の中で辛い目に出会わない人はいません。

悩み・苦しみから抜け出すことができないのは、自分にないものを欲しがったり、自分以外の誰かになろうとしたりすることで、自分が本来持っている力を発揮できなくなっているからです。

眼の前に問題があらわれたとき、いま自分がもっていないものが手に入れば、問題が解決すると考えがちです。しかし、いくら他人から言われても、マルの人間が四角や三角になれないようにあなたが他の誰かになることはできません。あなたの人生に必要なものは生まれたときにすべてあたえられています。それを発揮させられるかどうか、だけなのです。

どんな人にも素晴らしい魅力がありますが、素晴らしい能力も磨かなければ光りません。本来もっている自分の能力をうまく使いこなすには、悩み・苦しみ・つらさといったネガティブな経験を利用して、自分を磨き鍛えることが大事です。

そのためには、あなたを120%信じ、くじけそうになったり、進む方向がわからなくなったときに、あなたが大事にしたい信念や価値観や本当のあなたらしさを思い出させてくれて、あなたのコンディションを常にベストに保ってくれるゴルフのキャディーのような人が必要です。

マン・シャリールという言葉について

「マン・シャリール」のマンはネパール語で「心」、シャリールは「体」を表します。肉体と精神は一体のもので、分けることができず、一つのものの両面であるという、仏教の言葉「身心一如(しんしんいちにょ)」の思いを名前に込めています。

私自体も、さまざまなつらい経験をしてきました。子供の時にひどいいじめをうけたり、大学の時に突然授業にでられなくなったり、仕事にでかけなきゃいけないのに、布団から起き上がれなくなることなど、何度も経験してきました。そのたびに、助けてほしいという気持ちはあるけれど、その気持ちをうまく表現することができず、辛い思いを長引かせることがよくありました。

そういう思いを自分一人で乗り越えなきゃいけないんだ、と思わないでほしいです。辛い思いを抱え込んでも、時間を無駄にするだけです。そういうときに、気軽に人の助けを借りることができる世の中にしていきたいと思います。

仏教は、葬式のためにあるのではなく、悩み苦しむ人が心をおだやかになるための方法を教えてくれる知恵の宝庫です。その知恵をお伝えするために、僧侶の資格をもちますが、現在はお寺に属さずに、セラピストとして活動する道を選びました。

マン・シャリールでは、仏教の教えをベースにしながら、コーチング・キネシオロジー・カモワンタロットなどを使って、本来もっている素晴らしいあなたを引き出し、人生をよりよい方向へ導きます。

キネシオロジーとは

キネシオロジーとは、身体を流れるエネルギーを整える健康法です。エネルギーの流れは、姿勢、感情、内臓の働きなどに影響を与えます。エネルギーの流れを整えると、本来の健康を取り戻すことができます。

西洋医学では、病気の症状に着目し、症状をよくするための施術や処方をおこなっていきます。それに対し、東洋医学では、着目するのは、病気の症状ではなく、人間全体を診ると言うことです。人間を一つのシステムとしてとらえます。そのシステムに何らかの異常がおきたとき、異常を知らせる手段として、病気の症状が現れてくる、という考えです。

そのため、東洋医学では、システムの異常をとりのぞき、その人本来のシステムにもどることが大事である、と考えます。この考え方のことをホリスティック医学といいます。キネシオロジーもこのホリスティック医学という考えにそってセラピーをおこないます。

ちなみに、ホリスティック(全人的)という言葉やhealth(健康)やheal(癒やす)は、すべて「完全な」という意味のことばを語源とします。西洋でも、現代医学が広まる前は、ホリスティックな考えがあったと考えられます。

キネシオロジーのバランス調整によって、心身の健康増進や維持、姿勢の改善、視覚や聴覚の改善、過敏性のある食べ物の特定、学習能力の向上、身体的あるいは知的・感情的な痛みの制御、無気力からの脱却、無意識的な行動の変化を多くの人が体験します。

一回の調整で大きく変化することもあれば、数回の調整が必要なこともございます。また、調整直後には変化を感じなくても、時間がたってから変化することもございます。

キネシオロジーをうける方が、どのような成果を得たいのかが明確になればなるほど、バランス調整の成果が出やすくなる傾向がございます。そのため、消極的、懐疑的な態度でセラピーにのぞまれるよりは、積極的・能動的態度でセラピーを受けていただくことをおすすめします。

原因と結果の法則

人間の心は庭のようなものです。それは知的に耕されることもあれば、野放しにされることもありますが、そこからは、どちらの場合にも必ず何かが生えてきます。

 もしあなたが自分の庭に、美しい草花の種を蒔かなかったなら、そこにはやがて雑草の種が無数に舞い落ち、雑草のみが生い茂ることになります。

 すぐれた園芸家は、庭を耕し、雑草を取り除き、美しい草花の種を蒔き、それを育みつづけます。同様に、私たちも、もしすばらしい人生を生きたいのなら、自分の心の庭を掘り起こし、そこから不純な誤った思いを一掃し、そのあとに清らかな正しい思いを植えつけ、それを育みつづけなくてはなりません。

 もしあなたがその作業をつづけたならば、やがて必ず「自分は自分の心の園芸主任であり、自分の人生の総責任者である」という事実に気づくことになります。自分の人格、環境、および運命の形成に、自分の思いがどのような影響を与えているのかを、日を追うごとに、より明確に理解していくことになるでしょう

”「原因」と「結果」の法則“ ジェームズ・アレン著・坂本貢一 訳、サンマーク出版
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